電車が最寄りの三輪駅に近づくと、夕方の空にそびえ立つ巨大な鳥居が車内からも目をひきます。私が駅に着いたのは日差しもかなり傾いた頃でした。
駅を降りると出ていた神社への案内には「日本最古の神社」とありました。線路を渡り、山が迫っている方に向かい5分ほど歩き、“二の鳥居”をくぐると、両脇に灯りが燈された参道が続いています。辺りは木々が風でざわめく音や、薄暗い茂みの中で囁き合うような鳥の声ばかりです。参道を進んでいくと、最後の石段を登りきった所に大きな注連縄が張り渡され、その向こうにある拝殿がだんだん見えてきました。
境内は既に陽も届かず、夕闇の気配が刻々と増しています。巫女さんや神社の人々が時折り急ぎ足で行き来しており、拝殿の正面でいったん足を止め、拝殿の奥に向かって一礼をしては、再び急ぎ足で去っていきます。
ここでは神社の背後にあるやさしい山容の三輪山が、ご神体として祀られています。拝殿の向こうには三ツ鳥居があり、その向こうは三輪山で、訪れた人は拝殿の場所からその奥向こうにある神が宿るという山そのものを拝するのです。
大きなぜんたいの力にこの瞬間改めてつながれることを願いながら、拝殿の奥に向かって頭を垂れていると、静かな慎ましい気持ちになり、その一方で祈りや思いが届き聞き届けられたという感覚を得たくて、かなり長い間拝殿の奥に向かっていました。とはいえその時の私に知覚できたのは、大きな山の存在感と夕闇の気配と、吹きさらす夕暮れ時の風の鳴る声ばかりだったのですが。
寺社でお参りする時は「周りの人が皆笑顔でありますように」とただ願うのだと言った友人の言葉を思い出し、大きな存在につながれたのか聞き届けられたのか確認を得たいような自分をどこか恥じるような気持ちになりました。「御利益」や「御加護」というのは私個人の思惑では計り知れないものだろうし、限られた知覚の域に限定されるようなものでは到底ないだろう、私は日々の生活に戻って、自分の目の前にあることをやっていこう…。
冷えた身体でもとの来た参道を下っていくうちに、拝殿の方から、天に呼びかけるような、重々しい太鼓の響きが後を追ってきました。鳥居の外まで出るとまだ明るく、広い空には雲がたなびいて夕日が今日最後の輝きを見せていました。この夕刻に訪れることができたのもよかったと思います。
この神社の歴史はとても古く、古事記や日本書紀で既に記述が見られます。海を照らしてやってきた神が大国主神の国造りを助け、三輪山に自分を祀るよう希望しました。名を尋ねると「我は汝の幸魂奇魂である」と告げたといいます。
境内の祈祷殿わきの“くすり道”を行くと“狭井神社”と“薬井戸”があり、ここから三輪山(万葉集でも詠われている。海抜467m)に参拝登山もできます。
“山の辺の道”と呼ばれるこの辺りは数々の遺跡、寺社、万葉の歌碑などが点在しており、どこかゆったりとした時間の流れを感じるような一帯です。さらに足をのばし西に向かえばいかるがの里(法隆寺など)、南は飛鳥(大和三山、石舞台古墳)、更に南に行けば吉野(一面の桜、修験道)、奈良駅周辺であれば東大寺(二月堂・三月堂)、興福寺(阿修羅像)など見どころは尽きません。
(取材・文 テジマアキ)














