キンモクセイの香りが漂い始めた頃、再び三輪を訪れた。今回は大神神社にお参りした後、山の辺の道を通って桧原神社まで行ってみよう、と軽い気持ちで行きの電車内で決めたのだが…。
JR三輪駅近くからも見える巨大な「大鳥居」から、三輪山を眺めながら歩き始める。「二の鳥居」を過ぎると空気が変わり、樹々が周りに生い茂った参道は薄暗くひんやりしている。境内まで来ると、引き締まった中にもどこか開放感がある雰囲気になり、拝殿の奥の方に向かい手前で挨拶する。
祈祷殿脇の「くすり道」を行くと、明るい池の奥に「狭井神社」がある。建物の裏手に廻ると「薬井戸」があり、ボタンを押すと万病に効くとされる清水が出るようになっていて、ここで喉を潤すことができる。
ここから桧原神社へ向かい山の辺の道を行ったのだが、この辺りは本当に「山の辺の道」で、田畑の間の細い道を、色づいてたわわに実った柿やキイキイ鳴くモズの姿などを見ながら歩いていくのだ。更に時には山の中の道となっていて、いったいどのくらい歩けば辿り着くのかと心許無くなってくる。知らずに軽い気持ちや思いつきで足を伸ばさない方がいい。
…林の中の道を出ると桧原神社が見えてきた。天照大神を祀り元伊勢とも呼ばれるこの神社は、本殿や拝殿があるわけではなく、三ツ鳥居が山を背にして建つのみで、三ツ鳥居奥の神籬と般石座をご神体として拝む。古の時代、この国の自然な信仰の始まりはきっとこういった直接的で素朴なものだったのだろう。
玉砂利をならしていた神職さんの許しを得て、三ツ鳥居に向けシャッターを切った途端にカメラの電池切れ。仕方がないので帰途に着く。
三輪駅の隣駅である巻向駅に向かったが、これもなかなか遠く、道が分からない。彼岸花の赤色やコスモスが美しい、夕方も近い田園の道の中で、駅の方向を探して途方に暮れていた。
三日後の週末、再びの試みで改めて三輪へ。この日は朝、三輪駅に降り立った。休日なので神社にも次々と人が訪れ、手を合わせたりお御籤を読んだりしている。朝の境内の空気はいっそう清々しい。狭井神社境内では、たった今、三輪山の登山参拝を終え下山してきたばかりの家族連れが、揃って今降りてきたご神体の山に向かって一礼しているところだった。今日は山の辺の道も行き交う人が多い。秋の道は草の香りと虫の声でいっぱいだ。途中どこか寂しげな鳥居がわき道の向こうの高台にあり、行ってみると静かな池が山と小さなお社(龗神神社)を水面に映していた。ここでは瑠璃色に輝くカワセミと見事な大きいサギに出会った。
桧原神社はこの日も明るくひっそりと林の向こうの道の先にあった。「こちら」側と「あちら」側の扉とも言ってもいいだろう、古びた格子状の三ツ鳥居の間からは、ただその奥に繁る三輪山の樹々が見えるばかりだ。
この場所は奈良盆地の方向に沈む夕日の絶好の撮影スポットらしい。まだ午前中だが三脚を担いだ人を何人も見かけた。また、この辺りはあちこちに農産物の無人販売所があって、柿や小さな蜜柑、あけびや様々な野菜などが安く売られている。私も桧原神社脇にあった無人販売所で蜜柑を1袋買い求めた。小さい粒の中に甘酸っぱさが凝縮した、みずみずしい生きた蜜柑だった。
田園の中の道を巻向駅方面へ向かう。ほんの三日前に赤色の帯をつくっていた彼岸花はもう殆どが姿を消し、僅かに所々に残る花もすでに色褪せていた。
※山辺の道を行くと、所々で万葉の歌碑に出会うことができる。
やまとはくにのまほろばたたなづく 青がき山ごもれる大和しうるわし (古事記 倭建命)
味酒 三輪の祝の山 照らす 秋の黄葉の 散らまく惜しも (長屋王)
(取材・文 テジマアキ)














