秋の午後、近鉄奈良駅前の道は行き交う人で賑わい、外国人観光客の姿も多い。ここからほんの数分で、興福寺の境内に至る。和銅3年(西暦710年)に創建され2010年には創建1300年を迎えるというこのお寺は、ちょうど今、創建当初の「天平の文化空間」を再構築するための整備事業が行なわれている最中とのことで、境内のところどころ工事中のスペースができている。広い土台の上に円柱の根元のようなものが整然と並んでいる。いったいどんなものが再建されるのか興味深い。最盛期には175もの建物が軒を並べていたのだという。広い境内の中を、皆ゆったりと思い思いに散策を楽しんでいる。
大きくそびえる五十塔を眺めながら、国宝館に向かった。私にとっては10数年振りの再訪で、期待を持って建物に入っていく。ここは奈良に仏教美術を見に降り立ったなら、スタート地点として必見と言いたいほどの、仏像の宝庫なのだ。 薄暗い館内には、多くの仏像や仏教美術品が展示されている。切手や教科書などで目にしたこともあるようなものに、あちこちで出会う。館内でひときわ目を引くのは天井近くまでそびえる巨大な千手観音像で、たくさんの手が(42手)円状に伸びている。圧倒的な存在感である。
インド古来の神々を仏法の守護神として表わしたという「乾漆八部衆像」の前あたりは、人が列をつくって見学している。顔立ちや手先などの表情が本当に豊かで繊細なのだ。特にこの「八部衆像」の中の1体である「阿修羅像」の前では、皆がいったんは足をとめて見入るので、なかなか人垣が途切れない。天平時代に造られてから1200年以上、多くの時代を超えて今なお私達を惹きつけてやまない阿修羅像。なぜこれほど多くの人がこの像に惹かれるのだろう。
阿修羅は古代インド語の「アスラ」(Asura)で”生命を与える者”とも”非天”とも解釈され、西域では大地に恵みを与える太陽神、インドでは大地を干上がらせ常にインドラと闘う悪の戦闘神、仏教では釈迦の教えに触れた守護神とされる。興福寺の阿修羅像は細身で3つの頭に6本の手を持ち、正面の顔は僅かに眉をひそめたまっすぐな眼差しで、そっと手を合わせ静かに合掌している。異形の姿ではあるが、見る人は皆、意識せずともどこかで私達自身の在りように近いものを感じ、自分の内面をこの像の姿や表情に映し、重ね合わせて見て、何か共鳴し惹きつけられるのではないだろうか。造形美術の持つ力も同時に改めて感じさせられる。
「八部衆像」を過ぎると、大きな仏像の近くに出る。静かな雰囲気を湛えた「釈迦如来坐像」。この像と、近くの千手観音像、阿弥陀如来坐像と、纏う空気感がそれぞれ異なるのが面白い。
館外へ出て、秘仏がこの秋特別公開されているという案内にひかれ、「大圓堂」へ向かう。秘仏の聖観音菩薩像は、お堂の薄暗い奥に静かに立っていた。聖観音とは、千手観音菩薩などの様々に変化する観音菩薩の元の姿だという。きらびやかで光背を負っているものの、すっと静かに立っている姿は例えば千手観音のような万能の働きの顕れというよりは、特別でもなくただそのままシンプルに「存る」というようにも感じられる。寺内の公開は初とのこと。
外へ出ると近くには明るい芝生が広がり、家族連れが遊んだり鹿がのんびりと歩き回ったりしていた。古い時間と現在の時間との間を旅してきたような、不思議な気持ちになった。
(取材・文 テジマアキ)














