桜の開花の声を聞くと、そわそわしてしまう。桜の花の季節が1年で春の短いほんのいっときだからこそ、その姿を十分堪能し見届けたいと願うのは、私だけではないだろう。
坂口安吾の「桜の森の満開の下」では、一面の桜の妖しいほどの美しさが描かれている。そのような桜を体験してみたい。桜の名所と呼ばれる吉野はきっとそのような場所なのだろう、一度はこの目で見てみたいと、吉野を訪れることができる日を楽しみにしていた。
実際に吉野行きが実現したのは、4月も下旬に入った頃の、霧がかった中に時おり雨が混じるような天気の日になった。こんな日でもまだ花のシーズンなのできっと混むだろうと、頑張って朝の早いうちに吉野に着く目標で、電車を乗り継いでいく。初めてなのでわくわくする。吉野口駅を越えた辺りから、山々の連なりが近付いてくる。電車は山を分け入っていく格好になり、そのうちに木々の間を埋もれて走るようなぐあいになった。多少は覚悟していたが気温もこちらの方へ来るとさすがに低いようだ。目的の「吉野駅」は終着駅になる。
この地が桜の名所となったのは、奈良時代にさかのぼる。修験道の開祖とされる役行者が蔵王権現像を桜の木で刻んだという伝説から、信仰の桜として護られるようになったという。以来約1300年に渡って、主に寺に参拝する人々のご神木の献木といった形で、桜が吉野山に植えられ続け、護られてきた。ここの桜の多くは野生のシロヤマザクラという種類で、桜の数は山全体でおよそ3万本にもなるのだという。
吉野山の桜は、吉野駅のある山の麓辺りのものを「下千本」、そこから上に向かって中千本、上千本、山頂辺りが奥千本と、それぞれ名付けられている。毎年春になると、山裾の下千本の方から順に開花していく桜が、その後約1ヶ月に渡って徐々に山全体を染めていくことになる。また花の散り際の姿も、この規模での花吹雪なのでひときわ美しいと聞いた。
吉野駅に着いてバス乗り場へ向かうと、前日の雨で上の方は「崖崩れで」バスが不通になっていると聞かされ、中千本までのバスに乗り込む。こんな条件の日でも、やはり多くの人が来ており、車内はあっという間にいっぱいになった。バスは林の間を縫うようにして坂道を登っていく。到着した中千本辺りの桜は、花が終わっているものも多かった。山肌には桜の花のごくごく淡いピンクや、伸び始めたばかりの新緑の淡い色、咲き終わった桜の辺りの茶がかったピンク色などが散らばっていた。この時期の山は様々な色が混じっていて、とても美しい。
この日、私は奥千本の先まで向かいたかったのだが、バス停の制服の人に奥まで徒歩で向かうなら2時間はかかるよ、と釘をさされた。それでも諦めきれず、行ける所まで行くつもりで歩き始めたのだが、こんな天気の中をやはりバスを降りてから更に奥に向かい、道を探しながら歩き始める人達が意外と多いのに内心驚き、同じように考える人は多いのだなと面白く思う。
この奥には上千本、奥千本、花矢倉(桜のビューポイントといわれる)、幾つかの古社寺や旧跡がある。時間はかなりかかったが、歩いたおかげでところどころ途中にも寄っていけた。最終的に辿り着いた奥千本の桜は、霧の中に霞んでいた。
帰りはバスも復旧しており、奥千本から中千本までバスに乗った。中千本バス停に着くと、奥千本行きのバスを待つ人々が列をなしていた。自分もこの時期を選んで訪れた人だかりを作っているうちの1人なのだが、この押し寄せる人の量の多さには少し複雑な気持ちになった。
中千本バス停近くの竹林院辺りから、金峯山寺の総門である黒門の辺りまでは、特に多くの寺社が集まっており、長い門前町が続いて目を楽しませてくれる。桜にちなんだお土産や吉野葛、歩きながら食べられるお団子、他にも様々なお店が並んでおり、向かいの山々を眺めながら休憩できる造りになっている食事処なども数多く見られた。
吉野が最も賑わうのはやはり桜の季節だが、新緑や紅葉、雪の季節もまたそれぞれに素晴らしいという。この吉野に関して、近年、この地の桜が危機的状況にあるということが、先日放映されていた。山の一部の地域でまとまった数の桜が弱って病気に冒されたり枯れてしまったりと、これまでは無かったような異変が吉野山の桜に起きているのだという。大きな原因の仮説として、気候の変動による土質の変化なども挙げられていた。地元の方達が桜を救うために動き始めた様子も取り上げられていた。美しい風景がこの先も長く守られてほしいと願う。
(取材・文:テジマアキ)














