西ノ京駅を出て薬師寺の参道へ入ると、すずなりのムラサキシキブが迎えてくれ、程なく薬師寺の興樂門の前に出た。
2つの塔が並んで立つ姿は、なだらかなこの辺りの風景の中で目を惹き、印象的だ。
明治時代に日本の寺社の文化的価値を国内外に伝えたフェノロサは、この塔を「凍れる音楽」と表現した。
薬師寺の歴史は古く、もともとは天武天皇の勅願(680年)により建てられたが、その後の長い年月の間に幾度もの災害で多くの建物が失われた。昭和42年以降復興が続けられており、広い境内には再建された鮮やかな色の建物も多い。
東院堂には持国天、多聞天、増長天、廣目天といった勇ましい像が両脇を固め、正面の開かれた厨子の中には聖観音菩薩像がすっと立っている。端に置かれてある椅子に腰掛けて、寛いで眺めている人もいる。ここはからっと開放的な明るい場所だ。
中門を入って手前に建つのが金堂で、中には僅かに腰をひねって立つ日光・月光菩薩を両脇に、厳粛な雰囲気の薬師如来像がおられる。その奥の大講堂は平成15年に再建されたばかりだという。中ではちょうどお坊さんが講義をしておられた。ここの彌勒如来像の台座にはペルシャ、ギリシャ、インド、中国の模様などが彫られており、日本がシルクロードの終点であるといわれる所以だと説明があった。
興樂門を出て道を渡った向こうには玄奘三蔵院伽藍がある。建物に「不東」という言葉の額が掲げられており不思議に思ったが、これは三蔵法師が西方に向かった時、何があろうと決して東に戻ろうとしなかったのを指しているという。ここでは平山郁夫画伯による西域の壁画がちょうど公開されていた。
薬師寺の遠景をのぞめる大池は寺から15分ほど離れた場所にある。大池のちょうど対岸まで廻りこむと、若草山を背景に遠く薬師寺が見える。池の水面には秋の風がたくさんの小さな波紋をつくり、水鳥達が鳴き交わしていたり、亀が水面からこちらを覗いていたり、ここも穏やかないい場所だった。
唐招提寺は薬師寺の興樂門を出て真っ直ぐ10分ほど行った先にある。池には蓮の葉がしげり、花の時期はさぞ美しいだろうと思いを馳せる。759年に創建、唐の高僧鑑真和上が開祖である。
薄暗い講堂には弥勒如来がおられた。身体を僅かに傾け、切れ長の目で静かな笑みを浮かべた姿は何ともいえず美しく、しばらく見とれていた。
南大門を入ってまず正面にある金堂は、現在ちょうど平成大修理の期間中だった。お寺の人が言うには、講堂の中に入り参拝できるのは金堂修理期間の今だけで、金堂が来年11月に完成すると、講堂のご開扉はあっても外から拝むんだよ、それ以降今のように講堂に入れるのは金堂の屋根葺き替えがある300年後だ、ということだった。講堂の前に戻り、外から中の弥勒如来をもう一度拝したが、外からの姿もやはりとても美しかった。
(取材・文 テジマアキ)














