新宮市街地の西方にある山並みの南端に、神倉神社がある。
(写真:神倉山麓の鳥居)
鳥居の向こうには、急勾配の石段が立ちはだかっている。


この石段は源頼朝が寄進したものらしいが、姿形もまちまちな自然石がそのまま重ね固められたような造りで、くらくらとめまいを覚えるような傾斜なのだ。年に一度の「お燈まつり」の時には、ご神火を戴いた松明をかかげた2千人ほどの男性達が、この急な石段を一気に駆け下りるというのだからすごい。毎年2月6日のこの日だけは、神倉山は女人禁制となるのだという。


足がすくむような思いをしながら石段を登り、上の方まで辿り着くと、「ゴドビキ岩」と呼ばれる巨大な岩と、その脇に建てられた小さな社が現われる。高みにデンと置かれたようなゴドビキ岩の眺めは奇妙でもあり、その迫力には圧倒されるような感覚を覚える。

神倉神社の歴史は古く、日本書紀には(神武天皇が紀元前3年に)「熊野神邑(新宮の古称)に到り、旦(すなわち)天磐盾(あまのいわたて)に登りて」と記されているそうだ。熊野の神は、最初にこのゴドビキ岩に降り立ったといわれている。
上まで登った位置からは新宮の街並みが一望でき、その向こうには熊野灘が広がり、下の方から街の音が立ち昇ってくる。ときおり気持ち良さそうにトビが鳴く声や、背後からの風の音、茂みで喋り合うような鳥達の声がここちいい。

新宮の街中からも神倉山の上のゴドビキ岩と神社を見ることができる。列車でこの駅から熊野の地を去る時、だんだん遠くなる神倉神社のある峰を、見えなくなるまでずっと眺めていた。

(写真・文:テジマアキ)














