長谷寺は長い登廊(のぼりろう)の写真で以前から名前は知っていたが、駅にあった牡丹の行事と特別拝観のちらしが目にとまり、せっかくだからこの機会に訪ねてみよう、と思い立った。
長谷寺の草創は686年に遡り、日本各地にある「長谷寺」のおおもととして、また熊野の那智を第一番礼所とする「西国三十三所霊場」第八番礼所として、古くから知られてきた。
この辺りは「隠国(こもりく)の泊瀬の山は…」と日本書紀で詠まれた地で、百人一首にある「憂かりける 人をはつせの山おろしよ…」の「はつせ」(初瀬)もこの地のことだという。
長谷寺駅で降り、案内板に従ってお寺の方へ向かう道へ出ると、ひなびた土産物屋さんがぽつぽつ並ぶ参道は、こんもりとした山々の方へ続いている。


山を背にして建つ仁王門をくぐると、写真で見たことのある登廊が姿を現わした。

登っていくとまだ曲がって先に続いている。全部登りきると、とても見晴らしのいい本堂の場所に出た。本堂には色とりどりの幕が風にはためき、周りを取り囲む山々の新緑を背景にして、いっそう映えていた。

暗い本堂に足を踏み入れ進んでいくと、奥の方で鈍い金色に浮び上がる大きな観音像が姿を現わした。どこか微笑むような厳かで静かな表情で、この存在感には圧倒される。一見の価値はある。
堂内からは周囲の明るい新緑や色鮮やかな幕が目に眩しい。

めったにないだろうと入山時に特別拝観券の方を求めたので、観音様の姿をもう拝せたのだし、と思いながら、特別拝観の案内の方に進む。小さな間口を入るとお坊さんが塗香を手につけてくれた。あの巨大な観音様の足下を直に拝せるのだという。巨大な観音像を真下から仰ぎ見、その大きさに改めて圧倒されつつ、周囲を一巡すると、お坊さんが短い祈りを捧げてくれ、観音様のお足に直接触れて結縁を結んでくださいと言った。信徒でもないのだし、と足下にひざまずいて触れる行為にどこか抵抗もあったが、そう得られる機会でもないので、足先に直接触れ、拝した。直に触れ拝する機会を得られてよかったと感じた。木で造られた像ということだが、そのお足はすべすべで真っ黒になって輝いていた。長い年月の間、数知れぬほど多くの人々がはるばるこの地まで詣でて、こうやってお足に触れて拝してきたのだろう。

外へ出ると数人のお坊さん達が法螺貝を携えて鐘楼に登り、正午の時を告げる鐘と法螺貝の音が山あいに広がった。これもはるか昔から続く長谷寺の習わしなのだという。
もう一度堂内から奥の方で明かりに鈍く浮び上がる観音様の姿を目に納めてから、本堂を出た。広い境内には五重塔、御影堂、開山堂等が木々の間に点在する。

訪れた日は境内のあちこちで大きな牡丹の花が見られた。「花の御寺」「牡丹の長谷」といわれるように、長谷寺では牡丹をはじめとして春の桜、梅雨の季節の紫陽花、秋の紅葉、冬の雪景色と、四季折々の表情を楽しめる。時間をかけてゆっくり巡りたい場所だ。

(写真・文:テジマアキ)














